14歳の挑戦:インタビューで考えた「夢」との付き合い方

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少し前のことですが、「14歳の挑戦」に参加している中学生から取材を受けました。

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「14歳の挑戦」とは

富山県で中学2年生を対象に行われている職場体験学習です。1999年度から始まり、今では全ての中学校で実施されています。

自分の興味にそって希望の職場を選び、事前学習などを経て、1週間ほどの期間、自宅から「職場」に通って働きます。

地域にも根ざした活動となっていて、体操服姿や制服を着て働く中学生に、地域の大人が「頑張ってるね」などと声をかける光景もよく見られます。この職場体験の数年後に、実際に就職するといった事例も出てきているそうです。

今回の取材は、小矢部市にある印刷会社・ヤマシナ印刷さんにやってきた男子中学生の夢が「編集者」であったことから、取材のオファーをいただきました。

我が家の長女も次女も、14歳の挑戦では、職場の方々に大変親切にしていただきました。私も、何か役に立てればと思い、お引き受けしますと即答。私が14歳の少年とお話しするのは、職場体験の最終日に決まりました。

初日に自分の名刺をデザインして、それからはいろんな大人に取材して記事をまとめるという仕事をやってきたそうです。

「初日の記事はクオリティが低すぎて、やり直し!となりました」
と苦笑い。
「でも、だんだんと緊張もなくなって、大人の方ともお話できるようになってきました」
と、ゆとりを感じさせる笑顔も見せてくれました。

私には

「14歳のときは、どんな中学生だったか」
「編集者とは、具体的にどんなことをするのか」
「編集者になるためにやったらいいことは?」

などの質問をいただきました。

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「夢の叶え方」を知っていますか

その質問のなかで、一番心に残った質問がこちらです。

「夢を叶えるには、どうしたらいいですか」

濁りのないキラキラした目で、まっすぐ投げられたこの質問。

正直なところ、うーんと唸ってしまいました。

なぜかというと、私の夢は、叶ったような叶っていないような、そんなグレーゾーンにいるからです。
※ここでは「夢」を「将来つきたいと希望した職業につくこと」とします。

・子どもの頃に夢見た学校の先生にはなれなかった
(でも、短大で講義を担当させていただくことはできました)

・高校生のときに夢見た日本語教師にはなれなかった
(日本語を教えるアルバイトはしたことがあります)

・敏腕新聞記者にはなれなかった
(たぶん一生なれないでしょう。でも、「調べて書く」仕事はしています)

そんなことを思い出していると、「夢の叶え方って、私は知ってるっけ?」と、つい答えに詰まってしまったのでした。

「夢を叶えるには、夢を諦めないこと」
などともいいますが、諦めないだけで叶うのは、一部の方のような気もします。

小学6年生の男の子の夢の職業は
「プロサッカー選手」
「プロ野球選手」
が1,2位を占めるそうですが、「諦めなければ、なれる」というものではないでしょう。

私の場合は、プロスポーツ選手ほどの狭き門ではありませんでしたが、それでも
「夢叶わず→次の夢に向かって頑張ろう」
の繰り返しでした。

ただ、夢を目指す過程や敗れたときに悩む経験は豊富なので、こんなふうに答えました。

「夢を叶えようと努力していると、壁にぶつかったり、悩んだりすることがたくさんあるから、そんなときには本屋か図書館に行ってみるといいよ。大抵の問題は同じように悩んだ人が先にいて、その解決のヒントが本になっています。あなたが夢を叶えるために必要なヒントもきっと見つかるから」

もしかすると、ちゃんとした答えになっていなかったかもしれませんね。

夢は叶っても叶わなくても、幸せにはなれる

歌手で俳優の福山雅治さんの夢は
「人気ロックバンドの売れっ子ギタリスト」
だったそうです。

でも、ロック路線ではずっと売れなくて、何が求められているかを分析した結果、ラブソングを歌うことになったそう。演技に挑戦したのもミュージシャンになるためだったそうです。ラジオで「今も、ロックバンドのギタリストになる夢は叶わずじまい」と語っていらっしゃいました。

私の祖母は早く結婚してお嫁さんになる心づもりが器量が悪かったせいで(本人談)女学校を卒業までに縁談の話がなく、そのまま勉強して学校の先生になったと言っていました。

戦地で病気になって働けなくなった夫の代わりに教師として働いて一家を支え、教師の仕事にやりがいを感じたところで、夫の看護が大変になり、教頭・校長と出世していく同世代を横目に見ながら退職。

その後は家事と看護の傍ら、傷痍軍人妻の会の県支部会長として陳情などに尽力。お茶や短歌、山野草などに親しみ、孫にとっては裁縫と料理が上手なやさしいおばあちゃんでした。

母の幼い頃の夢は教師でしたが、成績が足りず(コレも本人談)断念。ガソリンスタンドの事務員になったあと結婚退職。嫁ぎ先の雑貨屋を営んでいましたが、コンビニの登場など時代の流れで廃業することに。

近所のプラスチック工場で検品の仕事について、子供たちを大学まで送りましたが、病気がきっかけで退職し、その後は専業主婦でした。私が子供たちとUターンしたときには
「働く娘を応援して、孫守するのが夢だった」
と喜んでくれました。

福山さんと自分や祖母・母を並べるのはおこがましいですが、こうした事例から感じるのは、
「自分が思い描いた計画どおりに進むことだけが、是ではない」
ということです。

私たちには千里眼も予知能力もなく、人生に予想外のハプニングがつきものです。

ある日出会ったその人の影響で、やりたいことが変わることもあります。自分ではどうにもならない事情で、やりたいことを諦めないといけないこともあります。

そのとき自分がいる場所で、自分のできること、周りから求められている仕事を精一杯やる。

そういう仕事選びもまた、貴いものだと思います。

図らずも就いたその仕事にやりがいや面白さを見出して好きになったり、充実感を得たり、結果的にその道のプロになったり、次のステップにつながったりすることも、けっこうあると思うのです。

そんな人生が、子どもの頃からの夢をまっすぐ叶える人生と比べて劣るかと問われれば、同じように偉大です。大事なのは、本人が幸福感を得られているかどうかだと、私は考えています。

というわけで、
「夢(の職業)があり、それに向かって努力することは素晴らしい。ただ、今の夢が叶わなかったとしても、きっと大丈夫」
と感じた14歳からのインタビューでした。

いい経験をさせていただき、ありがとうございます。14歳の少年のこれからに、幸あらんことを!

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