林原商店7周年の独立記念日。「好き」を仕事にできるのは幸せで、「自由」は怖いけれど楽しい。8年目もよろしくお願いします!

今日12月14日は林原商店合同会社の設立日です。今年で7周年となり、今日から8年目に入ります。迷ったり不安なこともありましたが、好きなことを仕事にさせていただける幸運に感謝してます。

目次

2014年退職、2015年会社設立は「やむを得ず」

私が2015年に会社を設立したきっかけは、2014年に7年間務めた編集プロダクションを退職したことです。

この編集プロダクションでは、県の発行する冊子や学校の副読本、企業の記念誌などのほか、育児情報誌の編集長も務めさせていただき、たくさんのことを学ばせていただきました。

そんな会社を退職すると決めたのは「やむを得ず」でした。

2014年の1月から5月にかけて、家事を担ってくれていた母が病気に、前夫は適応障害に、当時中学1年生だった長女が不登校になりました。

娘として妻として母として次々にやってくる家族対応と会社の通常業務。家事は回らず、家族と向き合う時間も、働く時間も足りません。自宅から1時間かけて出社することが難しくなったのが退職の理由でした。

そのときは、編集長としての役割もあったほか、産休・育休をとる後輩の業務の引き継ぎもしていたところ。子どもが小さいときはフォローされるばかりでしたが、子どもが大きくなってきてこれからフォローする側になるという時期でした。

突然の退職で、あちこちにご迷惑をおかけしたにもかかわらず、同僚たちが花束や送別のプレゼントを贈ってくれて、帰り道で涙が出たことを思い出します。

こうして、独立に対してなんのビジョンもミッションもなく、事業計画もなにもないまま、在宅でフリー編集者、フリーライターとして活動を始めました。

※このあたりの葛藤は以前、北日本新聞社さまから取材をいただきました。。

成長の原動力は「『家族のおかげ』と言いたい」

前職のツテもあり、仕事の受注は途切れなかったものの、無計画に始めた独立は順風満帆とは行きませんでした。

なんの方針も希望する方向性もなく、与えられる仕事を言い値で受けていたら、あっという間に「ひとりブラック企業」状態になってしまったんです。

仕事はあるけど薄利多売。寝る時間を削って対応していましたが、仕事を断ったら次がないかと思うと、怖くて断れません。

結局、家事は回らず、子どもとゆっくり向き合う時間もありません。

しかも、前夫がこれからもずっと働けないかもしれない可能性を考えると、収入・利益を上げていく必要にも迫られていました。

……辛い。

と下を向きそうになりました。

しかし「ここで終わっては『家族のせいで好きな仕事をやめた』事実が残ってしまう。将来『あのときは大変だったけど、おかげで今があるよね。みんなのおかげよ』といえるようにならなくては。ここで終わってはいけない!」と踏みとどまりました。

それから考えました。

「みんなのおかげ」と言えるためには、私が幸せな状況になる必要がある。

そのためには、ひとりブラック状態を解消しなくては!

そのためには、価格競争から抜けて、選ばれる存在にならなくては!

そこからやっと、自分のウリや他社との差別化、市場のニーズなどを考慮し、自分のブランディングを工夫するようになったんですよね。

※そのあたりの話は、La-chic(ラシック)さまから取材いただきました。

どこを目指すか模索した数年間

とはいえ、すぐに方向性が定まったわけではなく……まずは、仕事への本気度を示そうと会社を設立しました。

それからコーチングを改めて勉強しなおしヒアリングにはコーチング手法を取り入れて、これまで以上にお客さまの本心を引き出し、考えをまとめるようにしました。

コピーライティングとマーケティングを体系立てて学ぶため東京に通ったり、私自身のブランディングコンサルを依頼したり、ビジネス・コーチングを受けたりもしました。

ブランディングには外見も大事と、パーソナルカラー診断や骨格診断を受けて服装に気を付けたり、メイクを教えていただいたりもしました。

時間をかけずに美味しくて栄養ある料理をつくろうと、ヘルシオウォーターオーブンをかったり、スマート料理を勉強しました。

そもそも独立したら健康がめちゃめちゃ大事!と、トライアスロンもハードにならない程度に楽しみ、チームにも所属して練習に参加し体を動かす機会を増やすようにもなりました。

仕事の面では、前職と同じことを安く受注して顧客を奪うのは避けたいと考えていました。

そこで、前職の会社にはない私自身のウリを活かして、別の顧客層から新たに受注できるようにとマーケティングの舵を切り、それに伴いブランディングも変えていきました。

この方針転換は失敗するかもしれませんでしたが、そしたらまた前に戻ればいいと考えました。

成功すれば0がプラスになる可能性がある。失敗しても0ベースに戻るだけ。そう思うと、許容できるリスクですよね。

過ぎれば何もかもが糧になる

そうして改善と工夫を重ねて迎えた会社設立から8年目。今の段階では、方針転換はうまくいっているかと思います。

林原商店は、浮いたり沈んだりしながらも、売上・利益は概ね上昇中。会社を設立したのもよかったと思います。

方針転換してからは利益をアップしながら、信頼できるお客さまや仕事仲間に恵まれ、好きな分野の仕事をいただくことが増えました。

また、睡眠時間や家族や仲間・友人と過ごす時間や趣味を楽しむ時間が増え、心身ともに調子が良くなりました。

振り返ると、コーチングやマーケティングやコピーライティングをあのとき改めて学び直したことが、現在のセミナーやコンサル業務の原点になっています。

家族を大事にすることと仕事に打ち込むことを両立するにはどうしたらいいのかという問題意識が、デンマーク視察同行取材に繋がりました。

しっかり計画を立てずに独立したせいで、いいかげん考えて独立するとどうなるかも体験できました。

今年はその経験をネタにしたセミナーも開催。すべての出来事は糧になるとつくづく感じます。

自由は怖いけれど楽しい

7年目の1年間は特に、仕事とプライベートの境目がだんだん薄くなり、場所と時間の自由度が高くなったことを感じます。

ただ「自由」は一見よいことのようですが、そればかりでもないんですよね。

「自由には責任が伴う」とよく言われるように、自己管理・自己責任の範囲が広くなります。自分で決めないといけないことが増えます。

また、自由は「孤独感」や「無力感」をもたらすこともあり、用心が必要です。

組織に所属していれば、職場に行くと仕事仲間がいて、団体の名前で大きな仕事を受注できることもありますが、ひとり親方にはそうした繋がりや組織への信頼がありませんからね。

これって、けっこう怖いことでもあります。だから、独立しても団体に所属する人が多いのだと思います。

例えると、「全て自分で手配する個人海外旅行」か「旅行会社が手配してくれるパッケージの団体ツアー」か。

あるいは、「足のつかない海を泳ぐオープンウォータースイム」か「監視員が見守ってくれてコースロープにそって泳ぐプールスイム」か。

そんな感じの違いですね。

「自由にできる」は危険度が上がり怖い面もありますが、所属することで守ってもらえる団体ツアーやプールスイムにはない楽しさ、面白さがあります。

そして私は個人手配の海外旅行もオープンウォータースイムも大好き。

危険を0にはできませんが、知識とスキルをつけ、経験を積むることで避けることは可能だと考えています。

お仕事の自由も怖い面が多いものですが、こちらも知識とスキルと経験を活かして、うまくやっていきたいと思います。

というわけで、独立8年目も、自分が力を最も発揮できるワークスタイルとライフスタイルを追求していきます。

そうして発揮した自分の力でお客さまや仲間たち、家族をサポートし、親しい人たちと寛いだ温かい時間を過ごし、周りも巻き込んで健康的な充実した毎日を送っていきたいと思います。

引き続き、林原商店と林原りかをよろしくお願いいたします。

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