『妻のトリセツ』から見た「男脳vs女脳」考。分かりやすさを追求した編集が違和感のもと?

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新書『妻のトリセツ』がとても売れているそう。私の周りでも評価する声をしばしば聞きます。しかし、こういった「男脳」「女脳」の議論は聴くたびに、モヤっとした違和感をもっていました。『妻のトリセツ』も「げげげ」の連続。今回はこのモヤモヤの理由を深掘りしてみました。

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【デンマークのユニセックストイレ】

「トリセツ」への違和感

まず、『妻のトリセツ』はこんな書籍です。

理不尽な妻との上手な付き合い方とは。
女性脳の仕組みを知って戦略を立てよう!

妻が怖いという夫が増えている。ひとこと言えば10倍返し。ついでに10年前のことまで蒸し返す。いつも不機嫌で、理由もなく突然怒り出す。人格を否定するような言葉をぶつけてくる。夫は怒りの弾丸に撃たれつづけ、抗う気さえ失ってしまう。
夫からすれば甚だ危険で、理不尽な妻の怒りだが、実はこれ、夫とのきずなを求める気持ちの強さゆえなのである(俄には信じ難いが)。本書は、脳科学の立場から女性脳の仕組みを前提に妻の不機嫌や怒りの理由を解説し、夫側からの対策をまとめた、妻の取扱説明書である。
「妻が怖い」「妻の顔色ばかりうかがってしまう」「妻から逃げたい」という世の夫たちが、家庭に平穏を取り戻すために必読の一冊でもある。

と紹介されています。

男女の「脳」の違いを論じる書籍は、これまでも度々ブームになってきました。

今回話題になっている「トリセツ」のうまいところは、さして目新しくもない「男脳vs女脳」のテーマを「夫vs妻」に置き換えてきたところでしょう。

これにより、「家事をやってくれない!」と怒る妻や「結婚前は可愛かったのに、結婚してからはいつも不機嫌だ」と悩む夫の共感を呼ぶことに成功しました。

しかしながら、私が一読して感じたのは、夫と妻両方の幼稚さと古臭さです。

男性でもできそうな家事として「米を切らさない」などごく簡単な仕事だけあげたり、極度にわがままで共感を求める妻だったり……今どきの夫婦はホントにこんなんでしょうか。

1959年生まれで御年60歳のご本人とその友人方の、夫への愚痴をデータベースにしたのでは? とまず疑いたくなりました。

さらに違和感は続きます。女性の「理不尽な不機嫌」は「生まれつき女性脳に備わっている」母性本能によるもの。家庭を平穏に保ちたいなら、夫は共感を示すなどしてご機嫌を取らねばなりません。

子供と妻の意見対立しても、妻の味方をするのが正解とか?? 根拠は? エビデンスは?……「???」が止まりません。 

「男脳」の女や「女脳」の男もいる?

「トリセツ」では、「妻(女性)」は「女脳」で「夫(男性)」は「男脳」という前提で話が進みます。

よく言われるのが、「女性は共感を求める」ということで、本書でも妻への「オウム返し」が推奨されています。

ちなみに、私はこの「こうやったら共感されてるって感じるんだよね」と狙う「オウム返し」が大嫌い(笑)。コーチングのスキルとして練習したときも

「(オウム返しをされて)どうでしたか?」

という講師の質問(模範解答:受け入れられている感じがしました)に

「この人私の話を聞いてるのかな??と感じました」

と答えたぐらいです。

不登校時にカウンセラーの判を押したような「オウム返し」にうんざりした経験をもつ我が家の長女(もちろん女)にも聞いてみましたが、

「(オウム返しをされたら)『私は壁に向かって喋ってるのかなー』って虚しい」

とこと。私もムスメも、共感への切望はどこへ行ったのでしょう。

また、男女という身体的特徴から脳の仕組みが異なり、そのことによって思考法が異なると言うならば、トランスジェンダーの方の脳はどう説明するのでしょうか。

 さらに「察する女性」「鈍感な男性」などとも言いますが、男性が鈍感なのは対妻あるいは対ママの場合ではありませんか。

例えば体育会系の部活の後輩や営業マンの男性と食事などご一緒すると、こちらが恐縮するくらい、非常にきめ細やかな心配りをしてくださいます。

脳の仕組みによって男女の敏感さが異なるなら、相手や場面が変わっても、男が鈍感なのは変わらないはずはないでしょうか。

ここで考えたのは、身体的な性別で脳が異なるのではなく、「女脳の男性もいれば、男脳の女性もいるのでは」という疑問でした。 

私や娘が男性脳で、後輩や営業マンが女性脳……これなら、まだ多少の理解は示せます。

男脳と女脳の違いは証明されていない

ここで、男脳と女脳の違いとは何かについて考えてみましょう。

よく引き合いに出されるのが、「脳梁の太さを測ったら、女性のほうが太かった」という1982年の研究結果です。そのため、女性の脳は左脳と右脳の連携がよく、気配り配慮ができるみたいなその話です。

「トリセツ」でも、このデータを論拠のひとつとして紹介しています。

しかしこの研究が、データを男性9人、女性5人からしかとっていないことは、ご存知でしょうか。その後もこの研究結果の証明が試みられましたが、男女の脳の構造的な違いは発見されていないとか。

「第5回 「男脳」「女脳」のウソはなぜ、どのように拡散するのか(ナショナル ジオグラフィック)」という記事では、心理学や脳科学を専門とする科学者の四本裕子さんが

間違った心理学で、男性がこう、女性がこうとか、世の中ではよく言われていますね。例えば、男女の脳の違いとして、男性の方が左右の脳の連携がよくないとか。(中略)今さすがにこれを信じている脳科学者はあんまりいないんですよ

と断じています。

また、「男脳と女脳」は存在しない (研究結果)では、イスラエルのテルアビブ大学ダフィナ・ジョエル教授の13歳から85歳まで1,400人の脳内スキャンの違いを研究した結果を紹介しています。

調査結果を受けてジョエル教授は「睾丸が形成されたらテストステロンが分泌され始めて男性脳が作られるという理論があるけど、男性脳や女性脳という考え方を持っている人は、正直古い」と述べた。

また、ニューヨークのロックフェラー大学ブルース・マクウェン教授は、「脳の仕組みが男性脳や女性脳と簡単に分けられるものではなく、非常に複雑であるということに我々は気付き始めている。この調査はその第一歩であり、人々の考え方を変えるだろう」と述べた。

イギリスのダラム大学で性別の違いによる空間認識について研究しているマーカス・ホーズマン教授は、「空間認識についても「男性の方が女性よりも空間認識力が優れている」と信じている人たちがいますが、実際はそんなことはありません。性別による違いはほとんどないんです。空間認識力が高い女性もいれば男性もいます。脳の仕組みはそう簡単に白黒つけられるものではないのです」と話した。 

というわけで、男女の「脳」に違いはない、というのが、現在世界的にスタンダードな考え方だということが分かりました。

こうした背景から、専門家の『妻のトリセツ』への批判もでています。

“脳の性差”あると説くベストセラー『妻のトリセツ』に「拡大解釈が過ぎる」の声では、認知心理学者で信州大学の菊池聡教授が、以下のように述べています。

夫婦間の問題に脳科学を応用する発想は、科学的知見の普及という意味では前向きに評価できる。だが、わずかな知見を元に、身近な『あるある』を取り上げて一足飛びに結論づけるのは、拡大解釈が過ぎる

「トリセツ」の論を「疑似科学」として、「血液型性格学」や「水からの伝言」と同列に評しました。

黒川さんは「脳」ではなく「感性」の専門家

しかし、黒川さんも、素晴らしい実績をもつビジネスウーマンです。このような批判は、とうぜんご存知と思われます。

自身の言葉で「男脳」「女脳」をどう語っているかが気になり、公式ホームページで確認しました。

すると、トップベージのメニューの上に付け加えられたかのように、

「男性脳、女性脳って、本当にあるの?」
(黒川伊保子の使う「女性脳」「男性脳」ということばについて)

というリンクが貼られていました。

文末に「どうぞ、ご理解の上、トリセツをご活用くださいませ」とあることから、「トリセツ」発刊後に、批判を受けて追加した文章ではないかは拝察します。

その内容をご紹介します。

男女の脳は、解剖学的には違いがあるとは言えません。

とまずは批判を受け止め、「脳のとっさの使い方(感性)」が違うのだという論を展開しています。

また、以下のように述べて「妻(女性)=女脳、夫(男性)=男脳」も否定しています。

男性脳とは、「多くの男性が典型的に使う神経信号モデル(演算モデル)」のこと。女性脳とは、その女性版です。
すべての男性が、四六時中、男性脳型演算モデルを使っているわけでもなく、男性脳型演算モデルだけで生まれてくる男性もいません。女性もまたそう。

書籍とは論調がちょっと違います。そして、その「演算モデル」とはなんぞやというと、

1980年代の終わり、ヒトと対話する女性AIの開発中に、「女性が気持ちいいと思う対話のスタイル」と「男性が気持ちいいと思う対話のスタイル」が違うことに気づきました。

つまり、黒川さんがおっしゃりたいことは、「男女では、気持ちよいと思う対話スタイルの傾向が違う」ということではないでしょうか。

ここで思い出したいのは、黒川さんのご専門です。

あちこちで脳科学の専門家として紹介されていらっしゃいますが、大学のご専攻は物理学。人工知能(AI)の研究開発に従事した後、設立された「株式会社感性リサーチ」という会社はマーケティング会社です。

脳科学者ではなくて、男女や年齢別のマーケティングがご専門(どうりで、冒頭で挙げたとおり、売出し方がうまい)。

本人のプロフィールにも、「感性分析の第一人者」「感性アナリスト」「随筆家」とあります(エッセイだと思えば、トリセツも楽しめるかも)。

「脳科学の成果をビジネスに活かす」として会社を設立された2003年は、川島隆太さんの『脳を鍛える大人の計算ドリル』などが発行され、脳科学の進歩を背景に「脳ブーム」が起きた頃ですね。

AI研究をなさっていた経歴を活かし、会社設立にあたり男女の「感性の差」を当時よりキャッチーな「脳の差」と表現することで、マーケティングに成功され、「男女脳の専門家」になっていかれたのでしょうか(あくまで推測です。事実を知りたし)。

多様化した近年は、マーケティングやブランディングにおいても、顧客ターゲットを性別や年齢で単純に区切ることができなくなってきています。

男女のコミュニケーションにおいても、そう単純化できるものではないと感じるばかりです。 

男女の感性差は後天的ではないのか

黒川さんは自身のプロフィールの中で、「心地よさ」感じる男女の感性の違いを、以下のように説明しています。

感性とは、とっさに感じたり、目に入ったり、気づいたりする潜在意識下の能力。その多くは、生存本能や、生殖本能などに深く結びつく、自然に脳に備わった感覚であり、生育環境(母語を含む)や性別などで、「より強く働く感性傾向」が異なる。その人が生きる立場によって、「身を守り、よりよく生きるすべ」が違うためである。生殖戦略が大きく異なる哺乳類の雌雄である人類の男女は、何万年にもわたって異なる感性を研ぎ澄ましてきた。

このあたりで、私の違和感の理由がはっきりしてきました。

現代の日本で生きていて、「感性(印象を受け入れる能力。感覚に伴う感情・衝動や欲望)」において、女性の傾向、男性の傾向があることは、私も認めるところです。

それは御本人もおっしゃっているとおり、感性のあくまで「傾向」です。

黒川さんは、男女の感じ方の違いを「脳の回路の違い」「本能により自然に脳に備わった感覚」として先天的なものとしています。

もしそれが正しく、違いが先天的な男女の「脳」の差(回路を含めて)だとしたら、国や地域、文化、育てられ方、場面による違いではないことになります。

それなら、「トリセツ」の中で、外国の男性をお手本にすることが推奨されていますが、外国人男性の脳はどうなっているのでしょう。

このあたりが、私が辻褄の合わなさを感じる部分です。

一方私は、男女の感じ方の違いの傾向は、「脳の回路の違い」「本能により自然に脳に備わった感覚」ではなく、社会的に後天的に与えられる「教育」や社会規範によるバイアス、個人的な「経験」の違いなどからもたらされているのではないかと考えています。

例えば、「はっきり自己主張してはいけない」と育てられた人は、男女ともに「婉曲にいっても通じない」というフラストレーションをためます。

ただ、今の日本社会においては女性のほうが「はっきり自己主張してはいけない」と育てられる人の割合が高い。

その結果、「女性は遠回しに言う。それを察しない男をせめる」という構図が生まれるのではないでしょうか。

ほかにも、シングルで子供を育てるママたちと接して感じることですが、大事な子供たちを全霊で守り、しっかり稼ぐ彼女たちは、とても強く、包容力があり、有能で、決断力もあり、いわゆる男脳的な感性を持っています。

こうした男前な女性の「脳の男女差」はどこにいったのでしょう。

こうした例から、本書のような「男脳/女脳」の違いとして語られる「男性的/女性的」な感性は、後天的なものであるのではないかと感じます。

そして「女性は母性本能があるから理不尽な要求をする(だからそこを満足させよ)」という主張は、「男には狩猟本能があるから浮気する(だからそこを満足させよ)」と同じくらい、今どきなんだかなあ……という主張ではないでしょうか。

ならば、営業マンが気配りできるように、シングルマザーが男気あふれるように、後天的に互いにない要素を身に着けたほうが、男女・夫婦とも気持ちよく過ごせるように思うのですが、いかがでしょう。

会話例の女性「察してちゃん」の面倒くさいことったら……正直、あんまり、お近づきになりたくないタイプです。

参考図書としてこの2冊をご紹介します。

女性が学校に入った日から、それは始まる。学校が、教師が、親が無意識に行う「女の子」扱いは、いかにして女性をスポイルしていくのか?

女性たちが切実に語る思い出、手記、学校現場のドキュメントを満載し、すべての女性が直面する危険な罠を告発する。 

原題は「Games Mother Never Taught You」。1993年に発刊されたときは『母が教えてくれなかったゲーム』というタイトルでした。

本書は「ビジネスとはゲームである」と定義し、女性が働くうえで、ゲームの基本ルールを知り、賢いプレーヤーとして目標にたどりつくために、
日々の仕事のこなし方、お金についての考え方、人間関係ほか、企業社会で生き抜く秘訣を伝える。
全米で100万部を超えるベストセラーとなった「働く女性のためのバイブル」。

勝間和代氏絶賛! 私の人生を助けてくれた本「この本を手に入れてから、私は社会人生活が一変しました」

女の子はままごと、男の子は野球で遊ぶように、男女は違った育てられかたをする。男の子は社会・組織での振る舞い方や考えかたを長い時間かけて身に着けていく。

女性は社会にでたとき、野球のルールを知らずにバッターボックスに立たされているようなもの……というお話です。

この本は、社会人になって女性差別に苦しんでいたときに読んで泣きました。誰か教えてよと。

 話しがずれましたが、こういう考えかたを知っていると、「トリセツ」理論に「おばあちゃん世代のジェンダー(社会的意味合いから見た、男女の性区別)差別」を感じてしまいます。

女性差別論者がしばしば口にする「女は本能にあやつられ、感情的で使えない」とか「女は気が利いて当たり前」と言った考え方を、ますます流布しているように感じて、モヤモヤイライラするんですね。

集団や属性で決めつける思考停止

では、日本ではなぜ、「男脳・女脳」理論が、もてはやされるのでしょうか。

日本人はなぜ「男脳・女脳」に固執するのか(東洋経済オンライン)では、皮膚科専門医の岩本 麻奈さんが以下のように分析しています。 

現代の「おとこ脳・おんな脳」で語りたがる風潮は、文化的風土にしがみついた価値観と、「男女は違っていて欲しい」という淡い希望の反映なのでしょう。あるいは、人格の陶冶を放棄して、2つしかない集団のどちらかに逃げ込んで埋没することで安堵感を得るため、とも考え得るのです。 

妻を「女だから」という集団BOXに投込んで「だから、しかたない。自分は悪くない」と思考停止し(確かにこういうところが、血液型判定っぽい)、妻自身と向き合い課題解決することを放棄するのはいかがものかと、私も思います。

この本を夫に勧める女性にも、「相手はエスパーではないので、察してもらう努力より、アサーティブに伝える努力をしたほうがいいですよ」とおススメしたいところです。

「分かりやすさ」を追求する編集の弊害

黒川さんのHPも読むと「トリセツ」の論調とずれていると感じる記述もありました。この著書の問題は、編集に原因があるのではないかと感じるようになりました。

それは、大衆の安心したい空気感に迎合するあまり、分かりやすさや対立の煽動を過度に優先し、黒川さんの話を単純化しすぎたのでは?という疑問です。

難しい話は読んでもらえない、分かりやすくしないと本が売れないから、「男脳vs女脳」と話を単純化。さらには「夫vs妻」の「あるある」を散りばめて売れる本を目指した……と拝察しました。

黒川さんの「トリセツ」続編とも言える『定年のトリセツ』なんて、帯のコピーが

「ポンコツ夫」

ですよ。

失礼で不快な言い方ですし、煽っているとしか思えませんが、ある購買層に対して有効なのでしょう。仮想敵を作って民意の対立を煽る政治的手法を彷彿とします。

「脳」を持ち出さず、「黒川さんのマーケティング理論で男女の傾向を書いたエッセイ」と言われれば、「まあ、この年代の女性がいいそうだなあ」「これまでは、年齢と性別でカテゴライズできたけど、多様化した現代ではなかなかそれだけでは通じないよなあ」で受け流したと思います。

ところが、先天的・不可変な「脳の男女差」を強調するよう編集するから、「おいおい、女だからって十把一絡げはやめておくれよ」とつっこみたくなる内容になったのではないでしょうか。

テレビや書籍が、専門知識のない大衆に分かりやすくするために、単純化を優先するのは、よくあることです。行き過ぎた「分かりやすさ」が、「誤解」を生むことも忘れてはいけません。

私も編集に関わるものとして、気をつけねばと考えさせられました。

「編集」を経た書籍の価値とは

これまでは、書籍は編集者の目を通過して出版されるため、ネットの情報よりも信頼性が高いと言われてきました。

しかし、編集・出版側の「分かりやすくし、インパクトを大きくして売りたい」が先行して誤解が生じるとしたら、「編集」の価値をどう考えたらいいのでしょうか。

今回、私が黒川さんのサイトで著者の論を確認したように、本人のHPやブログ、Twitterを見たほうが信頼性が高い、ということになりませんか。

私にとって「書籍」の価値のひとつは、これまでは雑誌やネットなどでざっくりまとめられた話題を、より詳しく難易度の高いことまで、著者の言葉で知れることでした。

WEBと並んだとき、その価値は保たれるのか。単純化する作業が書籍の価値なのか。

今回は、男女の脳や感性の違いのみならず、編集の役割、書籍の将来についても、考えさせられました。

黒川さんの以前の著者と編集を比較したり、機会があれば、黒川さんご自身のお話も聴いたりしてみたいと感じる、非常に興味深い1冊でした。

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