【映画レビュー・ネタバレ注意】ボヘミアン・ラプソディ「才能があっても仕事の成功があっても、あるがままで家族や友人から愛されないと」

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映画「ボヘミアン・ラプソディ」が大ヒット。なにがそんなにいいのかしらと、遅ればせながら鑑賞してきました。

「ボヘミアン・ラプソディ」は「Queen」フレディ・マーキュリーの伝記的映画

いまさらですが、「ボヘミアン・ラプソディ」はイギリスのロックバンド「Queen」のリードボーカルであるフレディ・マーキュリーの伝記的映画です。

伝記「的」というのは、ところどころ、実際と異なるエピソードに創作されているから。それは、2時間にまとめるためかもしれませんし、伝えたいテーマにはそのほうがふさわしかったのかもしれません。

ストーリーは、バンド「Queen」の無名時代からライヴエイドでのパフォーマンスまでを描きます。

ライヴエイドとは、1985年7月13日に、アフリカの難民を救う目的で世界同時に開催・配信されたライブです。

日本からは矢沢永吉やオフコースなどが出演し、フジテレビで7月13日午後9時から7月14日正午まで放送されたそう。1974年生まれで、1985年のライブエイドのころは小学5年生だった私。みたかどうか、記憶が全くありません……。

昔の記憶は「変なボーカルのいるバンド」

高校生の姉の影響で、小学生のころから洋楽は聞いていました。1985年当時はマドンナのファンで、1986年発売の『True Blue』は私が初めて買ったアルバムです。

昔は富山でも、テレビでMTVが放映されていて、私のリアルタイムのQueenの記憶はおそらくMTVによるものではないかと思います。

当時の印象は「ヘンなバンド」でした。全身タイツみたいな衣装、角刈りにヒゲに胸毛、合唱みたいなのが入ったり裏声がキンキンしていたりする楽曲、暗闇に浮き出る顔などなど…少々不気味なイメージを持っていました。

後年、CMソングなどに使われた「かっこいい」楽曲の数々でイメージは良くなりましたが、ヴィジュアルはやはりかっこいいとは思えない。

そんな印象だったので、今、「Queen」が若者にも受けているというのが不思議で、不思議で。

ストレートな感動物語に、素直に涙

映画で中心として描かれていたののは、フレディの孤独、コンプレックスや苦悩から、真の愛や信頼、友情を手にするまでの物語でした。

無名の若者たちが権威者の予想に反して成功するも、親との確執、うまくいかない恋愛、悪い取り巻き、仲間とのいざかいからの別離、酒とセックスとドラッグ、病、そして親や仲間と関係修復、真実の愛、ふたたび喝采……と王道中の王道!という感動的なストーリーでした。

こういう映画は、まるでナチュラルメイクのように、いっけん手がかかっていないようで実は綿密に計算され手間暇かけられているものと推察します。素直に涙が出ましたよ。

あるがままでいる自由。あるがままで愛される大切さ

では、なにがそんなに支持されているのだろうと考えてみました。

楽曲がかっこいいとか、役者がまるで本人(特にギターのブライアン・メイ!)とか、いろいろあるとは思いますが、一番はこの映画の取り上げたテーマではないでしょうか。

フレディは、移民であることや風貌から差別を受け、父親には認めてもらえず家をでて、周りは悪いやつがよってきて、世間には「本当の自分」を隠しています。

すると、どんなに才能にあふれ、仕事で大成功をおさめていても「孤独」。お金はあるのに、とても幸せとはいえない生活を送ることになります。

それがあるきっかけで正気になり、仲間からの信頼を取り戻し、親に受け入れられ、真に信頼できるパートナーを得て、初めてフレディは心の安らぎを得るわけです。

どんなに成功しても、みんなそれぞれ大変なんだと、つくづく感じます。

どんなに成功しても、家族やパートナー、友達はお金で買えないと実感します。

タイトルの「ボヘミアン・ラプソディ」は代表曲のタイトルです。

「ボヘミアン」とは「世間の習慣にとらわれず自由に生きる人」。「ラプソディ」は「狂詩曲」と訳され、幻想曲風で自由な形式の楽曲を指します。

タイトルにこの曲名が使われたことからも、自由に自分のあるがままで生きること、あるがままで愛されることの大切さを訴えていることをかんじました。

みんな、あるがままで自由に生きて愛されたい

ここ数年のヒット映画には「あるがままで受け入れられる」ことから得られる心の充足を訴えるものが多いように思います。

2013年公開の「アナと雪の女王」は

「ありのままの姿見せるのよ
ありのままの自分になるの……

ありのままで空へ風に乗って
ありのままで飛び出してみる」

と高らかに歌いました。

2016年の「君の名は。」は、互いに裸まで見合った関係で、それから惹かれ合い、巡り合います。運命のひとには、忘れても普通に生きているだけで再会できます。

2018年の「グレイテストショーマン」の代表曲「This Is Me」は

I am who I’m meant to be, this is me(これが私のあるべき姿、これが私)

And I’m marching on to the beat I drum(自分で叩くドラムのビートに合わせて進む)

と、勇気を出して素の自分で生きようという内容でした。

そして、「ボヘミアン・ラプソディ」です。

多くの人が感じている「自分のあるがままで、思うように生きることを身近な人に受け入れられたい」「運命のひとにあるがままで愛されたい」という空気をすくい取っているように感じました。

私は、ブランディングや情報発信のコンサルで、そのひとの「あるがまま」の中からそのひとの魅力を再発見したり、コーチングで本当にやりたいことを発見したり、情報発信や自伝執筆などで自己開示することなどをサポートしています。

こういう活動が大事だと、この映画を見て改めて実感しました。

苦悩があったからこそ名曲の数々が生まれたとはいえ、でもやはりもっと早く心の安らぎを得られたら良かったのにとは思いましたよ(とくにパパ。あんなあっさり仲直りするならもっと早く許してあげて!)

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