3月11日。福島をはじめとする被災地のみなさんと子供たちに輝かしい未来が訪れますように

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2019年3月11日を迎えました。東日本大震災から8年です。

8年前の14時46分、私は富山市にある勤務先でデスクに座り、編集作業をしていました。ぐらぐらと揺れ、あまりにもひどい揺れに事務所のテレビをつけました。

すると、津波が田んぼをすーーーーーとおおっていく様子が映りました。

波がつぎつぎと家や走っている車を飲み込んでいきます。画面には「LIVE」の文字がありました。「中に、人がいるよね……」誰かがつぶやきました。

原発の事故のこともまもなく報じられ、原発を中心として危険な地域が円で示されました。その円の少し外側、郡山市には私の姉夫妻が住んでいました。

急いで連絡しましたが電話は通じず、メールにも返信がありません。その後、数日間にわたり、姉とは連絡がつかず、とても怖かった。

連絡がついてから、私たち家族は姉に「富山に逃げて」と強く勧めましたが、教師をしている姉は「避難しない生徒たちのために、ここにいる。電話で相談もひっきりなしだし、学校に避難してきている方たちのお世話をしたい」と福島を離れることはありませんでした。

震災後落ち着いてきて、富山に転居して富山で教師を続けることを勧めました。

しかし、姉は「自分の使命は、福島の次代を担う子供たちを育てること」と心を決めていました。姉は、今も福島で教師を続けています。

私は姉を誇りに思い、応援しています。

私も、復興コンサートに参加したり、福島から被災猫を引き取ったり、できることで福島の力になれればと思ってきました。

福島をはじめとする被災地のみなさんと子供たちに、輝かしい未来が訪れますように。ずっと一緒です。

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