富山にUターンしたとき無職の妊婦だった私が編集者になる前にやったこと

私が1998年、結婚を機に離れた故郷、富山。2006年にUターンしました。当時の私は無職で、三女を妊娠中。再び仕事を始めるためにやったことがありました。(写真 富山の家の楽しみコーヒータイム)

目次

Uターンしても働けない

私がUターンしたとき、子供ら4歳、2歳、マイナス1歳。

私は未就学児ふたりを育てる妊婦でした。

夫が病気で休職中だったので働く必要はありましたが、こんな状態の女を雇おうという物好きがいるとは思えません。

就職活動は出産後にやろうと割り切り、それまではできることをやろうと決めました。

在宅コピーライター

まず始めたのは、以前神奈川に住んでいた頃にやっていたコピーライターの仕事です。

東京の出版社から請負っていました。

出版社に連絡を取り、富山でも続けたい旨を伝えました。

ブログと日記

富山にUターンした当時、私は文章を書くことに関連した仕事に就きたいと考えていました。

そこで、文章力がなまらないように、ブログや日記を書くことを日課としました。

幼稚園父母会の広報委員長

なにかの足しになるかもと考え、娘が通う幼稚園の父母会広報委員長を引き受けました。

広報は作業が多く、委員長の負担はなかなか大きいのですが、文章や広報に関わる係は、もしかしたら、何かに結びつくかもしれません。

採用面接で実績として紹介

産後、偶然、富山市の編集プロダクションの求人を見つけ問い合わせしました。

面接することになり、

「これまでの実績が分かるものを持ってきてください」

と指示されました。

私は、Uターン前にサイト編集をしていた仕事の記事や在宅コピーライターの仕事が誌面になったもの、幼稚園の広報誌までもしっかりとファイリングして持参しました。

「未経験者がこれだけできれば大したもんだ」

面接でこれまでの仕事で手がけた記事や幼稚園の広報誌を見せました。

「大した実績ではないし、広報誌は仕事ではないんですが……」

ためらいがちに出したところ、当時の社長は、幼稚園の広報誌を見て

「編集未経験でこんだけできりゃ大したもんですよ」

とひとこと。

「ホントですか?」

と顔を上げると

「いつから来れる?」

とこちらを見ていらっしゃいます。

「え? 採用なんですか?」

そうです。ということで、編集プロダクションに、編集者として入社することが決まりました。

できる範囲で好きなことをやる

この頃のことを今振り返って感じるのは、できる範囲で構わないので、好きなことを精一杯やることの大切さです。

私にとっては、ブログも日記も広報誌の編集も「好きなこと」でした。お金をいただけるわけでもないのに、早起きまでしてやっていました。

一見すると無駄なことのようですが、先々の自分の「ウリ」につながっていきました。

好きなことは少しでも、やっていきましょう。やっているうちに上達しますし、上達すれば「ウリ」になります。

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